2011年09月22日

旅と孤独

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旅行も無事終了。
箱根と伊豆。写真は水族館のくらげ。
暗闇の中でふわっふわっと動くくらげはとても幻想的だった。
芦ノ湖なんて行ったのは十数年ぶりだ。遊覧船に乗っている時、みんながわーっと上階の風に当たりに行って、わたしも利用者の1人に手を引っ張られて上がろうとして、その瞬間に車いすのT君がこちらを見て「みんな、行って、淋しい」と言った。他の人に頼んで、彼の隣に座ってもらい、結局わたしは上階へと連れて行かれたけれど、あれで良かったんだろうか…なんて今でも思う。何とかして、彼をおぶってでも連れて行くのが良かったのかな?なんて。そうなると、わたしではムリだから男性スタッフに頼むしかないけど。

それぞれがそれぞれに、「わたしを見て!」アピールで、一斉に語りだしたりする日々で、わたしは結局誰に対しても100で向き合えてはいない。
ヘルパー時代の1対1の関係性をまた思う。その瞬間、その1時間だけは、その人のためだけに捧げる、という、自分なりの割り切り方、誠実さ、みたいなもの、それがもうできないものだから、どう誠実に公平に接していけばいいのか、、、というか自分の支援の仕方に納得できないまま時間が過ぎていく感じだ。
ずーっと葛藤。
冗談ばかりでジャレあってテキトーにやってて何だか妙に楽ちんな時もあるけれど、それはそれで、支援になってるんだろうかと不安にもなったり。
いったいその人のために、一番良い方法なんて、あるんだろうか、あったとしても分かりやしないよなぁ。本人だって分かってないんだから、他人のわたしには余計にね。
「成長」の押し売りなんていらないしね。

旅行で気づいたのは、わたしは何となくの「孤独感」を抱えているということ。
それは、はっきりとしたものではない。
もしかしたら、そこにいるそれぞれの人たちの、個々の思いかもしれない。
人間関係をうまく築けない人たち。「友達」になれない、勝手にくくられた「仲間」たち。
コトバを発することができずに、コミュニケーションを取ることを諦めているように見える人たち。
自らの「考え」が分からないから、強い者の「考え」に引きずられて選択してしまう人たち。

わたしも含めてだ。
それらの孤独を抱えた空間。
歌っても、飲んでも、混じり合ってない。
本当はそうなのかもなぁ、って思う。
今まで、混じり合っていると、一体化していると、幻想を見てたのかもしれないな。
本当に深く誰かと混じり合うことなんてできないのかもしれない。
彼らがそれを、目の前でわたしに突き付けてくる感覚。

全体的には、楽しかったはずの旅行だけど、ふとそんなことを考えてしまった。

旅行が終わってからは、スタッフだけで飲みに行き、またわーっと、騒いで大笑いして、そんなこと忘れてたんだけどね。

gofuchudiary at 18:30│Comments(0)TrackBack(0)仕事 

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