2011年05月

2011年05月25日

暗中模索

何だか忙しくやっている。
からなのか、ここで書きたくない(言葉が出てこない)からか、だいぶ間があいた。

仕事は何となく一通りいろんなことをやり、流れはつかんだ気がするけれど、さて「支援」と考えると、まったくもって支援になっていないと気づく。
自分がここに居て良い。自然だ。という環境を作らねばならない。土台がしっかりしなければふらついてしまう。
個人個人に合わせた支援計画に沿って、その人をサポートしていく、、、という意識をもとに、それぞれの関わりをしてく。何だか難しい。
他の職員さんがやっていることだけが正しくて、わたしの接し方は間違っているようにも思う。
ただの会話、ではなく、支援のための会話・・・と考えると少し不自然な気がしてくる。支援者の思う方向へと誘導しているようだ。目標のためとはいえ、何となくそれも気分がよくないな。
親身になるのではなく、話を切り上げる方法を学ぶのもどこかもやもやするのである。
でも、その人のためを思って、その人のことをわかっているのは、わたしよりも長年一緒にいるほかの職員さんだよなぁ。わたしはまったく理解していない。意思の疎通自体に自信なし。うーーん。推し量るのが浅いのだ。
どんどん自信なくなるなぁー。落ち込む。

けど、とにかく今は踏ん張ってやるしかない。



gofuchudiary at 22:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日々 | 仕事

2011年05月13日

自習室;メモ書き

図書館の自習室にパソコン持ち込んで勉強中。
しかし今日は集中力があまりない。
なかなか進まない。途中で眠くなって、図書館内のカフェでコーヒー飲んで戻ってまた講義を受講するが、区切りですぐダウンしてまたネットうろうろ。
考え事をしてしまうからなのかな。

3月11日以降の、生き方がまるでひっくり返った感じと、それに伴う焦燥感、そして取り囲まれる憂鬱なムードは常につきまとう。
切り替えられたような気分になった日が数日続くとまたそのholeにはまり込む、みたいな日々である。
苦しいな。
たぶん、それでもどうにかこうにか生きていく、ということなんだろうなー。
何かを達成して死んでいくわけじゃない。
試行錯誤の繰り返しで悩んで悩んで完成することはないはずだ。完成形というものも存在しないはずだ。たぶんね。

生きてるというこは、完全に望みが失われたわけではない。
何かしらの希望はあるだろうし、どこかへは向かってる。
それが今いる場所より良い方向かどうかは今はまだわからない。
過去はいつでも美しいものだし。記憶の中で、崩されずに守られる。
この不安定でいびつな今をどう愛するか、なんだな。未来を信じるとかじゃなく、今、とにかく、この今をどう受け止めるか、ってこと。
瞬間瞬間でしかないよ。瞬間が現れるたびに繋がってく、たびにまた今は消え、次の今が現れるよ。

どんよりと白い空。
あかりが少しずつ灯りはじめる。

本屋寄って帰ろう。

gofuchudiary at 18:16|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日々 | 学習

2011年05月12日

何とかやっている

仕事が始まってから1週間です。
楽しいけれど、すでに結構しんどいです。
自分が情けなくなることも多々ある。
自分が仕事覚えるのいっぱいいっぱいで、利用者に対する支援になってない、と思う毎日。
アピールが強い人にかまけてしまうけど、その横では他の利用者が困ってたりするし、お客さんも来るし、自分も業務のことはわからないことだらけだし、先輩職員の目もあるし、ぜーんぜーん発揮できてない感覚。凹む。
ヘルパーやってた時の1対1の感覚とはまた違う。まーヘルパーの時も利用者に怒鳴られたりしたことはあるけれど、基本1時間ぐらいでパッと帰ったらしばらく会わなかったりだったからな。
何人もの中で仕事するのが久々でまだペースが掴めてないかんじだ。

でも、根気強く、自分なりの方法を見つけていきたい。
利用者さんたちは、素直で面白いし(ちょっと大変な子もいるけど)、みんなとても真面目。
仕事もわたしよりずっと几帳面だ。
あの人たちが、少しでも楽しんで働けるように、そういう日常の場であれるように。
一回一回気持ち切り替えてこうー。

明日は休みだからリフレッシュ&勉強だ。

gofuchudiary at 22:22|PermalinkComments(0)TrackBack(0)仕事 

2011年05月10日

Hope JAPAN

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家具注文したら、被災した人たちと救助活動とかしている人たちへのメッセージと、復旧を願うシール貼ってあった。

最近、企業の姿勢を見るたびに、今後の購買意欲に直結すると感じる。
ものの高い安い関係無く。
特に脱原発思想の会社なら応援したい気持ち倍増!


gofuchudiary at 21:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2011年05月05日

好きに生きろ!

今日は家に閉じこもり。

今、食事前にハイボールを飲みつつ書いてますので。少しぐらいの暴言は許してけろん。

最近、図書館の自習室にパソコン持ち込んで大学の講義視聴をしていたんだけど、外に出ると鼻と喉の間がザラザラして痛いので(花粉だと思いたいが…)毎日は無理。

なんだろねー。こんな世の中。
日々思うのは、哀しいことや愚かなこと、そして「世界の終わり」についてなんだが、その終わるまでの間に(それは地球が無くなるか私が死ぬか)自分ができることは何だろうかということだ。
そういった意味では、今焦ってるかもしれない。
わたしは知らないことが多すぎるし、やりたいことも、この年になってやっと定まって来たような状態だ。
だから急いで勉強している。
勉強って、でも知識投入もそうだけど、何より考えること。
自分のスタンスはどうかということも。(これも日々変動する)

なんだろねー。
とにかく、毎日毎日悩んで考えて、思考錯誤して、やってくしかないよなぁと思う。

明日から新しい仕事も始まるけど、しんどいこともあるだろう。
今までやってきた、時間で区切られた瞬間的な支援と違って、毎日毎日(メンバーはその日ごとに変わるみたいだけど)顔合わせて、長期的にその人を見て支援していくことは、苦手な部分から逃げられないということでもある。
だから不安もいっぱいだよ。
けど、それを選んだわたしだよ。

面接の時に自分が言ったことを思い出す。

<あの人たちが、差別を受けることや、地域から追いやられて「収容」されることが耐えられない!!!>

これは自分の本音。
「親亡き後」っていうのは、知的障害者分野ではかなり大きなテーマだけど、
地域の繋がりの中でどうやって支援していくかってことなんだよね。

偏見持ってる人もいるだろう。たとえば、事件とか起こす人が、自閉症だったりとかした場合、自閉症=危ない人、って思っちゃう人もいるだろうさ。
知識とか関わり経験がない人はきっとそうだと思うよ。
だって、自分の身を守るためだもん。
だけどさ、、、実際関わったことある人ならわかると思うけど、かなーーーり稀だよね。
たいていの事件起こす人って、世で言う「健常者」なんだよね。

むしろ、知的障害者とか自閉症とか言われる人たちは、真面目でズルとか絶対しないタイプが多い。
自閉圏の人って、人とうまく関係が築けなかったりするから、誤解を受けやすいけれどね。

でもさーーー
いろんな人間いるわけよ。
知的にハンデがなくったって、本当本当、世の中いろんな人がいるわけ。

それを括って、線引きして、差別すんのはどーよ?

あたしも、ある種、いろんなハンデがあるけどよ。
ま、リアルで友達な人ならわかると思うけど、、、、「世間一般」からズレてるわけさwww
でも、まあ、何とか生きてるわけで。

本当人生ってのはいろいろなんだよね。
島倉千代子が歌ってるとおりさ。

そういった多様性を認めること。
そこから始まる気がしてる。

結局
「こうでなければらならない!」って型があることによって、人は自己否定を繰り返すだろうし、自分を認められず自殺するだろうし、ほんとうの自分探しとかしちゃうんだろうし。

でもさ、
あんたは、そのままでいいわけさ。

そのままで充分魅力的なわけさ。

他の人にない、あんたなわけさ。

だからいいんじゃないの?




要するに、、、、、、、、


好きに生きろ!

先は長くないよ(たぶん)!!!


てことで。


夕飯食います(^-^)



gofuchudiary at 19:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日々