2008年04月
2008年04月08日
「そこで浮いた1円は、ちゃんと有意義に使っているのか?」
いきなり冬に戻ったかのような天気。肌寒い。朝だというのに部屋が暗い。買い物に出たいのだけれど、明日にしようかと悩む。うーん。
最近は世の中のいろんなものが値上げだ値上げだと大騒ぎしているけれど、そしてそれに対してどう思うか、テレビの街角インタビューなんかがよくあって、おばさんらが「困りますッ!」とか「もうー家計厳しいよねぇー」とか答えているけれど、わたしはアレが理解できないのである。
何かの商品が10円値上がりする、ということにそれほど親身になれないのだ。10円の積み重ねが何千円、何万円になるということはもちろん理解できる。しかし、それがどうした?と思う。だって我々は、その商品以外のところでアホみたいなものにお金をかけていないか?
わたしはやらないが、パチンコでスッた場合はそんな半端な額じゃなかろう。たいして効果があるかわからない高額な化粧品とか、エステとか、会社の愚痴だらけの不毛な飲み会とか、とりとめのない長電話とか、そんなのにお金を使っていないか、ということだ。それで10円値上げだ何だって騒いでるのが可笑しく感じる。同様に、今日からガソリン値下げ!と騒いで、夜中からスタンドに並ぶ人間の気持ちも理解できない。なんでこんなのに自分の時間をすり減らして右往左往しなければならないのだろう。それで一瞬の得を見るかもしれないけれど、それはずっと続くわけでもなく、いつかまた変化する。そういった移ろいやすいものを追い求め、それに一喜一憂するのは何となく時間の無駄のような気がしてしまうのだ。
わたしは、極端な田舎で育った人間で、自給自足な部分も多く、モノの種類も少なく、しかも通常より高い値段で買うしかない環境が当たり前だった。だからか元々モノの値段に疎いのだが、主婦になって野菜の値段などの相場は少しわかるようになってきた。それは安いに越したことはない。安いものを否定しているわけではない。ただ、自分の頭で考えようとせず、こういった情報に左右されて動き回っているということは、何だか違うなーと思うわけである。1円でも安く!と思って買い求めて、そこで浮いた1円は、ちゃんと有意義に使っているのか?ということである。
情報に左右されやすい人間は、ものを忘れやすく信念を持たない。だから、新たな情報が入れば、そちらに飛びつく、そんなことを繰り返しているうちに知らず知らずに何者かにコントロールをされていても気がつかない。詐欺などにあって結局損をするのは、そういう人たちなのではないか?
最近は世の中のいろんなものが値上げだ値上げだと大騒ぎしているけれど、そしてそれに対してどう思うか、テレビの街角インタビューなんかがよくあって、おばさんらが「困りますッ!」とか「もうー家計厳しいよねぇー」とか答えているけれど、わたしはアレが理解できないのである。
何かの商品が10円値上がりする、ということにそれほど親身になれないのだ。10円の積み重ねが何千円、何万円になるということはもちろん理解できる。しかし、それがどうした?と思う。だって我々は、その商品以外のところでアホみたいなものにお金をかけていないか?
わたしはやらないが、パチンコでスッた場合はそんな半端な額じゃなかろう。たいして効果があるかわからない高額な化粧品とか、エステとか、会社の愚痴だらけの不毛な飲み会とか、とりとめのない長電話とか、そんなのにお金を使っていないか、ということだ。それで10円値上げだ何だって騒いでるのが可笑しく感じる。同様に、今日からガソリン値下げ!と騒いで、夜中からスタンドに並ぶ人間の気持ちも理解できない。なんでこんなのに自分の時間をすり減らして右往左往しなければならないのだろう。それで一瞬の得を見るかもしれないけれど、それはずっと続くわけでもなく、いつかまた変化する。そういった移ろいやすいものを追い求め、それに一喜一憂するのは何となく時間の無駄のような気がしてしまうのだ。
わたしは、極端な田舎で育った人間で、自給自足な部分も多く、モノの種類も少なく、しかも通常より高い値段で買うしかない環境が当たり前だった。だからか元々モノの値段に疎いのだが、主婦になって野菜の値段などの相場は少しわかるようになってきた。それは安いに越したことはない。安いものを否定しているわけではない。ただ、自分の頭で考えようとせず、こういった情報に左右されて動き回っているということは、何だか違うなーと思うわけである。1円でも安く!と思って買い求めて、そこで浮いた1円は、ちゃんと有意義に使っているのか?ということである。
情報に左右されやすい人間は、ものを忘れやすく信念を持たない。だから、新たな情報が入れば、そちらに飛びつく、そんなことを繰り返しているうちに知らず知らずに何者かにコントロールをされていても気がつかない。詐欺などにあって結局損をするのは、そういう人たちなのではないか?